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    美輪明宏


    美輪 明宏(みわ あきひろ、1935年(昭和10年)5月15日 - )は、日本の歌手、俳優、演出家、タレント。長崎県長崎市出身。本名及び1971年までの芸名は丸山 明宏(まるやま あきひろ)、幼名は臣吾(しんご)。海星中学を経て国立音楽大学附属高校中退。愛称はマルさん。兄と姉と弟のいる五人兄弟の次男
    51キロバイト (7,571 語) - 2019年9月18日 (水) 17:20



    (出典 img.jisin.jp)


    てか、人間だったのねーwwwwww

    1 ばーど ★ :2019/09/24(火) 12:44:49.82 ID:WIY7oHJi9.net

    歌手の美輪明宏さん(84)が10月以降全国4カ所で予定していた公演「美輪明宏の世界~愛の話とシャンソンと」が中止されると24日、主催者が発表した。美輪さんの病気療養のためで、チケット代は払い戻す。

     中止されるのは、10月4日の名古屋、11日の群馬、27日の福岡、11月2~4日の大阪の各公演。払い戻しについては、各地の主催者ホームページで確認できる。

     主催者によると、美輪さんは9月11日、軽い脳梗塞と診断を受け同日入院。現在は退院し、快方に向かっているが、しばらく療養が必要との判断から公演中止を決めたとしている。

    2019/9/24 12:13
    https://www.kobe-np.co.jp/news/zenkoku/compact/201909/0012728760.shtml

    (出典 i.kobe-np.co.jp)


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    美輪明宏×マツコ、偶然の遭遇でテレビ初共演「すごいことに…」 - マイナビニュース
    歌手で俳優の美輪明宏と、タレントのマツコ・デラックスが、26日に放送されたフジテレビ系バラエティ番組『梅沢富美男のズバッと聞きます!SP』(21:00~22:48)で、テレビ初 ...
    (出典:マイナビニュース)


    美輪 明宏(みわ あきひろ、1935年(昭和10年)5月15日 - )は、日本のシンガーソングライター、俳優、演出家、タレント。長崎県長崎市出身。本名:丸山 明宏、幼名 臣吾(しんご)。海星中学を経て国立音楽大学附属高校中退。愛称はマルさん。自らの個人事務所である、オフィスミワ所属。 1971年までは本名の丸山
    50キロバイト (7,112 語) - 2018年11月7日 (水) 21:08



    (出典 scdn.line-apps.com)


    ほんとに年齢不詳でますます人間離れした雰囲気になってきてるなwwww

    1 Egg ★ :2019/01/01(火) 17:29:59.79 ID:CAP_USER9.net

    毎年恒例、年末年始の人気企画、麗人・美輪明宏さん(83)による愛のメッセージ。今回のテーマは「新時代を生き抜く知恵」。
    来年5月の改元で、日本は新時代へと突入する。「昭和」と「平成」という激動の時代を強く生き抜かれた美輪さんが語る、希望の持てる未来とは――。

    私は世の中をいつも俯瞰で見ています。
    便宜上、「明治」「大正」「昭和」「平成」という言葉を使いますが、“この時代だったからこうなった”と、特別に時代を区切って考えることはしない人間です。

    そもそも地球というのは、はるか大昔からずっと変わらず回り続けています。
    平成は「災害の時代」という向きもありますが、過去にも大地震や津波、そしてさまざまな天変地異が起きました。

    でも、時間はずっと同じように流れていきます。1時間は1時間。1日は1日……。昔も今も変わってない。
    平成から新元号になることで、何か大きく変わるみたいに錯覚を起こす方々もいるようですが、そんな時間の流れは変わりません。メディアが話題作りで、そう思わせたいだけ。惑わされないでください(笑)。

    元号に限らず、“師走です”、“夏至になりました”という言葉なども、人間が便宜上、勝手に付けただけのこと。
    ただ時間が淡々と流れている。その延長線上でさまざまなことが起き、変化を続けている、そう考えればいいのです。

    ただ言えることは、人間が生活していく中で、いろんなものが新しく生み出されてきました。
    デジタルの時代になり、情報通信の分野でとくにそれが顕著です。目の前で起きたことを、すぐに世界中に発信できる時代。

    つい数十年前までは、想像もできなかった進化がさまざまな分野であります。
    昭和26年、私が長崎から東京に来たころは、汽車で28時間もかかりました。

    しかも当時は、客車の椅子は木。座席はすべて向かい合わせで、もちろん冷暖房なんてありません。夏は窓を開けっぱなし。
    だから、目的の駅に着くと、顔を洗うための洗い場が、駅のホームにずらっと並んでいました。まるで学校にある共同の手洗い場のようでした。

    乗客たちはそこで顔を洗ってから、おのおの目的地へと向かう。今なら長崎から東京まで飛行機で2時間ちょっと。便利になりました。
    そして今では、当たり前のように使われている生活用品が普及し始めたのが、「神武景気」(昭和29年12月~32年6月)あたりからです。

    電気洗濯機、電気釜、冷蔵庫、そして電話……。そのころの通信手段は手紙、電報、電話だけ。
    まだ電話は、各家庭にあったわけではなく、電話のある家にご近所の人が借りに行くという時代でした。

    ご近所さん宛てにかかってきたときには、“○○さん、お電話ですよ!”と呼ばれて、“申し訳ありません。じゃあ、お借りします”と言って、使わせてもらっていたんです(笑)。
    「平成」の前には、そんな時代があったのです。こうしてみると、近年は、とくに変化のスピードが年々、早くなっているようです。そんなデジタルな時代だからこそ、「人のつながり」が大事なのです。

    1/1(火) 6:03配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190101-00010000-jisin-ent

    写真

    (出典 lpt.c.yimg.jp)


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