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    ビートたけし


    ビートたけし(1947年1月18日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者、映画監督、俳優、脚本家、歌手、編集家である。本名:北野 武(きたの たけし)。東京都足立区島根出身。勲等は旭日小綬章。 タモリ、明石家さんまと共に、日本のお笑いBIG3の一角を担う。日本国外では本名北野 武で、映画監督として知られる。
    158キロバイト (22,746 語) - 2020年2月13日 (木) 14:57



    (出典 www.yomiuri.co.jp)


    世間の評価とは真逆wwww

    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/02/15(土) 11:48:30 ID:r7v3E3Eg9.net

    城下尊之【芸能界仕事術】

     ビートたけし(73)が、18歳年下のビジネスパートナーの女性と再婚した。何度も一緒に暮らしていると報道されていた女性だ。交際8年で、2015年からは個人事務所をつくり、その女性が役員となってマネジメントしてきた。世間的には色ボケ、晩節を汚す、相手は財産目当てなど手厳しい批評が続いている。

     たけしには昔、よく取材させてもらった。彼は本当に優しくて、おもいきりシャイな人だ。会見や囲み取材に参加したが、単独インタビューはだいぶ遅かった。

    「城下と申します」と挨拶したら、「何度も顔を見てるじゃねーか」とボソッと言ってくれた。ある時、不倫問題の会見で、ある女性リポーターが「不倫はいけないこと」と質問したことがあった。そのリポーター自身も有名人と不倫歴があったことを知っていた彼。ムッとしてそれを指摘しようと思ったのをぐっとこらえたそうだ。

     女性リポーターの仕事を奪ってしまうかもしれないと“配慮”したのだった。僕は後からこれを聞いてビックリした。

     そんなたけしが人生最後の伴侶として選んだのが、マネジメントを任せた今回の女性だ。たけしにとっては実によくしてくれる女性なんだそうな。たけしが「オフィス北野」を退社したのも彼女のアドバイスと行動があったから。同社は社長以下、マネジャーや社員が数十人もいる大所帯だったが、たけしの退社でそれを支えることができず、次々に人が辞めていった。裏を返せば、たけしが事務所を支えていたということで、情に厚い彼は気の乗らない仕事もしてきたに違いない。

     たけしのギャラはオフィス北野に入って、その後、元たけし夫人の会社と長男の会社に月々数千万円ずつ入っていたといわれている。そこから月に数百万円の“小遣い”をもらっていたようだ。

     世界の北野武監督でもあるたけしが、そんな状況では部外者の僕でも首をかしげたくなる。まあ、優しいたけしは「しょうがねえか」と無頓着だったかもしれないが、その状況を“カット”してくれたのが再婚相手ということだろう。むしろ彼女は率先して悪人を演じているような面がある。独立した後、彼女はたけしの仕事先でギャラの見直し、値上げを交渉していたとされる。業界では彼女の評判はあまりよくない。元いた事務所は衰退ぎみだし、離婚した元夫人も不機嫌にもなろう。ギャラの上がった仕事先もうれしいわけがあるまい。

     しかし、たけしにとってみれば、長年にわたってその両肩に背負ってきたものを下ろし、楽になれたといえる。実際、独立後、ひと言も口にしていなかった「映画をつくりたい」という言葉も、やっと自分の意思として明らかにした。いよいよ、やりたいことができると思えるようになったわけだ。今までこうした環境を整えてあげたいと思う人が彼の周囲にいただろうか……。

     僕は今回のたけしの再婚を「終活婚」と主張し続けているし、背景を知っているだけに支持している。

    2/15(土) 9:26 Yahoo!ニュース
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200215-00000004-nkgendai-ent


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    ビートたけし(1947年1月18日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者、映画監督、俳優、脚本家、歌手、編集家である。本名:北野 武(きたの たけし)。東京都足立区島根出身。勲等は旭日小綬章。 タモリ、明石家さんまと共に、日本のお笑いBIG3の一角を担う。日本国外では本名北野 武で、映画監督として知られる。
    162キロバイト (22,830 語) - 2020年2月8日 (土) 00:55



    (出典 geitopi.com)


    なんかうまく丸め込まれた感wwww

    1 muffin ★ :2020/02/08(土) 12:22:06 ID:XMVxRuez9.net

    https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2020/02/08/kiji/20200208s00041000075000c.html
    2020年2月8日 05:31

    タレントのビートたけし(73)が18歳年下のパートナー女性・A子さんと再婚したことが7日、分かった。スポニチ本紙の取材では、この日までに都内の区役所に婚姻届を提出している。昨年5月に長く別居していた前夫人・幹子さん(68)との離婚が成立。A子さんとは8年前から交際してきた。現在ではマネジメント業務も任せており、公私両面のパートナーとなった。

    たけしが大きな決断を下した。A子さんとは8年前から交際し、2015年には個人会社「T.Nゴン」を2人が中心となって設立。18年に所属事務所「オフィス北野(現TAP)」を退社してからは、A子さんがたけしのマネジメントを担っていた。

    芸能界の歴史でも最高齢クラスの結婚となる。昭和では俳優の上原謙さんが66歳で結婚、平成ではタレント加藤茶(76)が68歳で再婚したことが有名だが、たけしの73歳はそれをも上回る年齢だ。スポーツ界では、ソフトバンクホークスの王貞治会長(79)が18年に78歳で再婚している。ともに「世界のキタノ」「世界の王」と呼ばれ日本を代表する人物。強烈な個性を放ってきた2人は、年を重ねても自分らしい生き方を貫いている。

    たけしは昨年5月に幹子さんとの離婚が成立。A子さんとの愛を選び、当時のテレビ番組では「身も心もスッキリする。お金取られた~。情けない」と冗談めかして話し、再婚について「したってしょうがないよ。と言ってて、するかもしれないけどな」とにおわせていた。

    たけしは著書でA子さんとの生活を「食事にも気を使ってくれるし、最近なんか、朝起きりゃ、寝たまんまパンツをはかせてくれて“はい、いってらっしゃい”みたいな感じ」と明かしており、強い母性を感じている様子だ。事務所名に入る「ゴン」は愛犬の名前とともにA子さんの愛称に由来するとされ、17年に発表の純愛小説「アナログ」の主人公のモデルとも言われている。

    テレビ番組のレギュラー6本を抱えるなど、超売れっ子のたけし。年齢を感じさせないほど精力的な活動を続けている。昨年はNHK大河ドラマ「いだてん」で落語家古今亭志ん生を演じ、大みそかの紅白歌合戦に歌手として初出場した。また、映画監督として新作への意欲も見せている。背景にあるのはA子さんの支え。結婚により絆がより深まることは間違いない。たけしのさらなる活躍から目が離せない。


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    ビートたけし(1947年1月18日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者、映画監督、俳優、脚本家、歌手、編集家である。本名:北野 武(きたの たけし)。東京都足立区島根出身。勲等は旭日小綬章。 タモリ、明石家さんまと共に、日本のお笑いBIG3の一角を担う。日本国外では本名北野 武で、映画監督として知られる。
    163キロバイト (22,915 語) - 2020年1月1日 (水) 07:38



    (出典 www.sponichi.co.jp)


    残念、見逃したwwww

    1 砂漠のマスカレード ★ :2019/12/31(火) 23:24:14.96 ID:hgcw3+/n9.net

    <第70回NHK紅白歌合戦>◇31日◇東京・NHKホール

    真っ暗なステージにスポットライトの光を浴びて歌手ビートたけし(72)が「浅草キッド」を情感たっぷりに歌った。

    東京・浅草で、売れることを夢見て芸人修業をした時代を思い描き、自身で作詞作曲した曲。86年8月に発売された同名アルバムに収録されている。

    歌唱前には72年にビートきよしと結成した漫才コンビ、ツービートの漫才の映像が紹介され、たけしがNHKのインタビューに同曲に込めた思いを語るVTRも紹介された。VTRのたけしは「ツービートという漫才師が出るために何組の漫才師がダメになったかも分かるし。自分がある程度、売れた時に作った歌。同じ時期の同じような生活をして、一緒にお酒飲んだり騒いでいたのに、何でこいつが落ち込んでいって自分が売れていったかということには罪悪感がある」と語っていた。

    歌唱前には、総合司会の内村光良は、自身の下積み時代を思い出し「やばいんです。この歌は」と感慨深げに語った。

    たけしは、これまで紅白に00年と01年に氷川きよしの応援にゲスト出演したことがあるが、歌手としての出場は今回が初めて。今回の紅白では、歌唱前の紅白前半に登場して、過去の紅白のハプニングをネタにしたギャグで盛り上げていたが、歌手たけしは、まるで別人のような哀愁を漂わせていた。

    https://news.livedoor.com/article/detail/17605809/
    2019年12月31日 22時39分 日刊スポーツ


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    ビートたけし(1947年1月18日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者、映画監督、俳優である。本名:北野 武(きたの たけし)。東京都足立区島根出身。勲等は旭日小綬章。 タモリ、明石家さんまと共に、日本のお笑いBIG3の一角を担う。日本国外では本名北野 武で、映画監督として知られる。
    164キロバイト (23,008 語) - 2019年12月13日 (金) 15:09



    (出典 www.cinra.net)


    たけしというより、愛人が問題wwwww

    1 砂漠のマスカレード ★ :2019/12/17(火) 08:35:11.38 ID:6nlQf6Cp9.net

    タレント・ビートたけし(72)に弟子入りし、2011年から8年間、運転手を務めた男性(41)が、パワハラによって
    自律神経失調症を患ったとして事務所「T.Nゴン」などを相手に、1000万円の損害賠償を求めた裁判の第1回弁論が16日、東京地裁(小川理津子裁判官)で開かれた。

    原告側は男性の手帳、日記のコピーを提出。被告側は男性の告発を特集した「週刊新潮」を提出した。

    男性の弁護士は「全面的に争う形です。時間帯や休日を問わず、メールや電話で叱責(しっせき)、注意されたことを証明する」としている。

    https://news.livedoor.com/article/detail/17536318/
    2019年12月17日 6時0分 スポーツ報知


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    164キロバイト (23,002 語) - 2019年11月30日 (土) 16:23



    (出典 www.asahicom.jp)


    いまや、たけしも愛人に振り回されるただのじじいwwwww

    1 Egg ★ :2019/12/01(日) 18:32:35 ID:1KtatoG99.net


    (出典 image.news.livedoor.com)


    2019年はピエール瀧や元KAT-TUNの田口淳之介、沢尻エリカなど「薬物」による逮捕が相次いだ1年となった。芸能界の闇について語った新刊『芸人と影』を上梓したビートたけしが、「クスリだけは絶対にやらない」と決意した過去の体験を明*。

     * * *

     もう半世紀前の話になる。大学に入ったはいいものの、オイラにとっちゃそこは決して居場所のいい場所じゃなかった。大学で勉強なんてろくにしちゃいないし、そもそもゼンゼン行っていない。まずは「設計図を書いてスパナを作りましょう」なんて言うんだけど、そんなもんやってられるかって思ってた。覚えたのはイカサマ麻雀のやり方ぐらいでさ。

     で、そのうち大学の手前の新宿で途中下車してフラフラし始める。ジャズ喫茶のボーイ、タクシー運転手やら、フラフラといろんな仕事をやった後、何かに吸い寄せられるように浅草へやってきた。エレベーターボーイの募集を見たのがきっかけでフランス座に潜り込んで、いつからか踊り子や浅草芸人たちと毎日を過ごすことになった。たまたま深見千三郎って達者な師匠に出会ったおかげで、オイラは芸の道の入り口に立つことができたんだよな。

     だけどそれまでは、学校にも社会にもなんだかなじめなくて、どこかやけっぱちなところがあった。そんなオイラには、浅草の芸人たちのつくる独特の雰囲気がなぜか居心地がよかったんだ。

     その頃の浅草芸人にはみんな「世捨て人」のような感じというか、どこか人生を諦めている匂いがあった。本当はみんなテレビに出て、一発当ててやりたいんだよ。だけど、出られなくてもどこか「まァいいや」という感じがしてさ。で、みんな芸にはプライドを持っているけど、実生活は褒められたもんじゃない。フランス座の楽屋には、空になった*(覚醒剤の一種)のアンプルが至るところに転がっていた。みんなベテランの芸人たちが使ったものだ。

     そういう人たちの末路は悲惨だった。よくネタにしているけど、段ボールをかぶって隠れて、指で開けた穴から外を見回して、「俺は刑事に監視されている!」ってガクガク震えてる人もいた。典型的な覚せい剤の幻覚症状だけど、その人にとっちゃ本気も本気なんだよな。

     そんなヤバい姿を見ているから、オイラは勧められても絶対クスリには手を出さなかった。だけど、当時はそういう雰囲気こそが「芸人」のど真ん中だったんだ。テレビなんか出ずに、演芸場やストリップ劇場でたまに舞台に出て、仕事がない日は安い煮込み屋でクダ巻いてさ。

    つづく

    2019年12月1日 16時0分
    https://news.livedoor.com/lite/article_detail/17462458/


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