エンタメニュースフラッシュ

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    スポーツ


    豪邸も引き払ってたし、お金なくなったんか⁉️wwwww

    NO.8413276 2020/04/28 13:52
    新庄劇場再び バリから帰国、プロ球界復帰へ本腰
    新庄劇場再び バリから帰国、プロ球界復帰へ本腰
    阪神、日本ハム、米大リーグで活躍した新庄剛志氏(48)が生活拠点としていたインドネシア・バリ島を引き払い、日本に帰国することが27日、分かった。

    昨年11月に現役復帰を宣言し、トレーニングに励んでいる。

    すでに日本での練習場所の確保に動くなど、前代未聞のプロ球界復帰に本腰を入れる。

    新庄氏がプロ球界復帰へ、本腰を入れる。

    現役を引退した後、インドネシア・バリ島に居を移していたが、すべてを引き払って日本に帰ってくることが分かった。

    本来は春季キャンプ前に帰国する予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大で延期。

    5月に戻る計画も立てたが、これもやむなく引き延ばされた。

    現役復帰に向け、バリ島ではウエートトレーニングをはじめ、キャッチボール、ティー打撃を続ける日々。

    ただ生きた球を打つ練習量が不足している状況という。

    そこで関係者が帰国後にマシン打撃ができる施設を確保するなど準備に入った。

    本人もコロナ禍の状況を踏まえながら、渡航、帰国のタイミングを見据えている。

    新庄氏は19年11月12日に自身のインスタグラムで「みなさん、夢はあるかい!?」と呼び掛け、突然の「現役復帰」を宣言し、周辺をざわつかせた。

    その場では「1%の可能性があれば必ずできる」と投稿し、バットを振るなどトレーニングをする動画も寄せてカムバックをアピールした。

    06年にリーグ優勝、日本一を遂げた日本ハムを引退してから、13年間のブランクがある。

    プロ野球界は前代未聞の復帰プランに懐疑的だった。

    ただ一方で、本人をよく知る選手、関係者から「これまでサプライズを起こしてきたからやりかねない」と本気度に納得する反応も聞かれた。

    阪神時代には敬遠球をサヨナラ打にする離れ業をやってのけた。

    01年にイチローと日本人野手初の米大移籍、日本ハム電撃入団など数々のドラマを演じた。

    「記録より、記憶に残る選手」を地でいった男は今年1月下旬にも「あのグラウンドに、もう1度立ってみせようじゃないか」とコメントしていた。

    その言葉にうそがなかったことを裏付け、本人の覚悟を態度で示すのが、これまで10年以上も暮らしたバリ島からの引っ越しになる。



    【日時】2020年04月28日 07:00
    【ソース】日刊スポーツ
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    こちらも、ヤバそうwwwww

    NO.8324567 2020/04/01 16:32
    梨田昌孝氏がコロナ陽性 呼吸困難と重度の肺炎
    梨田昌孝氏がコロナ陽性 呼吸困難と重度の肺炎
    プロ野球の近鉄、日本ハム、楽天で監督を務めた梨田昌孝氏(66=日刊スポーツ評論家)が新型コロナウイルス感染を調べるPCR検査で陽性反応が出たことが4月1日、所属事務所から発表された。

    本人が異常を訴えて前日(3月31日)に大阪府内の病院に入院し、この日検査の結果が出た。

    同氏は3月25日に倦怠感を覚えて静養していた。

    28日に発熱し、30日に呼吸困難となり病院で受診。

    翌31日に重度の肺炎にかかっていることが判明した。

    そのまま別病院でPCR検査を受け、この日、同ウイルス感染が判明した。

    普段から評論家、解説者として球場に足を運びながら活動していたが、プロ野球の開幕が延期、予定された講演もほとんどとりやめになったこともあり、自宅で静養する日が続いていた。

    梨田氏は72年に近鉄入りして17年間プレー、正捕手として活躍した。

    監督として指揮をとった01年は近鉄、09年は日本ハムでリーグ優勝を遂げた。



    【日時】2020年04月01日 15:22
    【ソース】日刊スポーツ


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    もはや、感染経路不明wwww

    NO.8308424 2020/03/27 01:00
    【速報】阪神・藤浪晋太郎投手 新型コロナ陽性 プロ野球選手で初、チームは練習中止
    【速報】阪神・藤浪晋太郎投手 新型コロナ陽性 プロ野球選手で初、チームは練習中止
    プロ野球阪神の藤浪晋太郎投手(25)が新型コロナウイルスのPCR検査を受け、陽性反応を示したことが26日、関係者の話で分かった。

    発熱やせきなどの症状や倦怠(けんたい)感はない。

    日本野球機構(NPB)球団の選手の陽性反応は初めて。

    チームは今後1週間の練習を取りやめ、選手やスタッフを自宅待機させている。

    球団によると、藤浪は数日前からトレーナーに「ワインやコーヒーのにおいを感じない」と嗅覚の異常を訴えていた。

    24日に兵庫県内の病院の耳鼻科と内科を受診。

    25日に別の病院でも診察を受け、医師の判断で26日にPCR検査を受けた。

    球団は11日から25日までの藤浪の行動を確認。

    この間に藤浪と一緒に食事した選手2人も26日朝に味覚障害に似た症状を申し出ていた。

    26日に兵庫県西宮市の鳴尾浜球場で予定されていたソフトバンクとの2軍練習試合は中止。

    藤浪や症状を訴えた選手と、ソフトバンク選手らとの接触はないという。

    同日午後には甲子園球場や鳴尾浜の練習施設の消毒を行った。

    1軍の選手は休日だった。



    【日時】2020年03月27日 00:16
    【ソース】産経WEST


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    残念ご冥福をお祈りします

    NO.8179220 2020/02/11 12:24
    野村克也さんが死去 先月25日にシダックスOB会に参加
    野村克也さんが死去 先月25日にシダックスOB会に参加
    元ヤクルト監督で野球評論家の野村克也さんが死去したことが11日、わかった。

    84歳だった。

    警視庁によると、この日未明に都内の自宅から病院に搬送され、その後死亡が確認された。

    野村さんは先月25日、2003年から3年間監督を務めたシダックス野球部のOB会に出席。

    教え子で新任の日本ハム・武田勝投手コーチ(41)に「選手を育てる上で一番大切なのは愛だ。愛なくして人は育たない」とエールを送っていた。



    【日時】2020年02月11日 09:36
    【ソース】スポーツ報知
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    ダンプ 松本ダンプ まつもと、1960年11月11日 - )は、日本の女子プロレスラー。タレント、女優。本名・松本 香(まつもと かおる)。 身長163cm、体重91kg、血液型B型。埼玉県熊谷市出身。えりオフィス所属。 「D・松本」と表記されることもある。 大宮開成高校卒業。
    29キロバイト (4,534 語) - 2019年11月26日 (火) 23:19



    (出典 i.daily.jp)


    まだ現役だったのか?wwwwwww

    1 ニライカナイφ ★ :2019/12/27(金) 21:20:55.11 ID:Jp0p1ac/9.net

    【ダンプ松本の壮絶人生「極悪と呼ばれて」:連載1】

    女子プロレス史上最大の悪役として一時代を築いたダンプ松本(59)は2020年、デビュー40周年と還暦の記念イヤーを迎える。女子プロレスラーが還暦で現役を続けるのは史上初の快挙。1980年代の女子プロレス黄金時代にに蛮行悪行の限りを尽くし、史上最大のカリスマ・長与千種(55)と一大抗争を展開して日本中の怒りと憎しみを一身に集めた希代のヒールの素顔とは――波乱に満ちた生涯の真相を赤裸々に明かします。

     明るい家庭の思い出なんてひとつもない。埼玉・熊谷市の本当に貧乏な家に生まれた。父(五郎さん=享年87)は定職にもつかず、遊び回って家にいなかった。母(里子さん=86)が布団の綿を詰める内職で細々と家計を支えていた。父の実家は東松山市で農家を営んでおり、プロポーズの際は牛一頭を母の家に連れて行き「結婚してくれ」と求愛したらしい。

     もっともその牛も「息子が勝手に持っていった」と実家に激怒され、連れ戻されたって聞いたけどな。スタートからその調子だった。

     四畳半一間のアパートに親子4人(妹・広美さん=56)で暮らしていた。お風呂なんてもちろんない。水道も井戸水だ。父は酒、バクチ、女と遊びの限りを尽くした。トラックの運転手をしていた時期に助手席に乗せてもらった記憶はあるものの、それも長続きしなかった。外に女をつくっていたのか、たまに家に帰ってきた時は酔っ払っては母に当たる。お金は一銭も家に入れない。いなくなればいいのに。幼心で常に父を憎み続けていた。

     夏休みにどこかに遊びに連れて行ってもらった記憶もない。おかずはコロッケ1個とか、家で栽培したにんじんのてんぷらとかとてもつつましいものだった。それでも太っていたのは他人の分も横取りして食べていたからだろうか。

     6歳の時だ。母が知り合いから「父と愛人が川崎に住んでいる」と知らされたらしい。私と3歳の妹を連れて「別宅」まで直談判に行った時の記憶はハッキリと覚えている。妹が粗末なアパートの一室をノックすると、父が「あれ、広美一人で来たのか?」なんてノンキなことを言っている。3歳児が熊谷から川崎まで一人で来れるわけねえだろう。家には女の人と赤ん坊だ。思えば腹違いの妹だったのだろう。しかも私と同じ「香」って名前までつけていたからふざけんなって思った。母と父と女性が話し込んでいる間、私と妹は赤ん坊をあやしていた。この光景だけは、一枚の絵画のように今でも胸から決して消えることはない。

     いつしか父は家に戻りまた母に苦労をかける。ある日、父は母を殴ろうとしてガラス窓を叩き割ってしまった。畳は血の海だ。私は「お母さん、このまま放っておけば*じゃうから、救急車呼ばなくていいよ」と泣いてすがった。結果的に近所の人が騒ぎを聞きつけて119番したので助かったのだけど。

     大好きな母を苦しめるこの男をどうにかしてやりたい。そのためには強くなるしかない。その後にプロレスラーを志す私には、大きな理由があった。

     父を*たかったのだ。

    ☆だんぷ・まつもと=本名・松本香。1960年11月11日、埼玉・熊谷市出身。1980年8月8日、全日本女子プロレス・田園コロシアムの新国純子戦でデビュー。84年にヒール軍団・極悪同盟を結成してダンプ松本に改名。長与千種、ライオネス飛鳥のクラッシュギャルズとの抗争で全国に女子プロ大ブームを巻き起こす。85年と86年に長与と行った髪切りマッチはあまりに有名。86年には米国WWF(現WWE)参戦。88年に現役引退。タレント活動を経て03年に現役復帰。現在は自主興行「極悪祭り」を開催。163センチ、96キロ。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191226-00000023-tospoweb-fight


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